東日本大震災から5年を迎えて|エンチャイルド理事長ブログ

東日本大震災から5年を迎えて

日本にミッションが与えられた日

 東日本大震災が発生した2011年3月11日が多くの日本人にとって忘れられない日となったように、筆者もまた「3・11」を自らの人生のターニングポイントとなった出来事として記憶している。

 筆者はその日、PTAの会合があり、娘たちが通う中学校の図書室にいた。午後2時46分、長く大きな揺れが続いた。図書室の上に位置する2階のプールの水がざぶんざぶんと音を立てて降ってくるのが窓越しに見えた。家の中はどうなっているだろう。家族はどうしているのだろうか。震源地も被害状況も分からないまま帰宅を急いだ。

 帰宅してすぐにテレビを点けた。故郷のある東北地方太平洋岸が壊滅状態ではないか。その日は実家にも親戚にも電話は通じなかった。都内も交通は完全に麻痺し、高校生の長女は帰宅できず友人宅に身を寄せた。筆者はリアルタイムで伝えられる被災地のテレビ映像にくぎ付けになって何日も過ごした。

 未曽有の大災害による惨状と被災者の姿は「Pray for Japan」のメッセージとともにあっという間に地球を駆け巡った。世界の日本への同情心はまもなく驚嘆の声へと変わる。「厳しい状況でもパニックに陥らず、社会秩序を守り、辛抱強く、整然と助け合う」「非常事態の混沌とした市街地でも盗難や強盗が発生しない」「被災地への支援の手を差し伸べる全国的な連帯」「被曝や余震リスクを承知で支援・復旧活動に当たる関係者や市民」……、世界のメディアは被災した日本の人々の姿をこのように伝えたのである。

 世界の人々は何に共感したのか? 日本人のどんな時でも社会秩序を守る姿か、冷静さや忍耐心なのか、助け合い、互いを思いやる心なのだろうか。国内においてもその行動原理を「和の精神」の現れとみる声が多く聞かれるようになり、結果として被災者の姿を通して日本人の底力を見いだす格好となった。苦難を背負い、深い悲しみに沈んだ日本列島であったが、そこに一条の希望の光を見いだした日本人は少なくなかったのではないだろうか。

 その日から、筆者の「日本人」探しが始まった。それは「『3・11』がなぜ起きたのか」という問い掛けでもあった。「和の精神」とは何なのか、その起源はどこにあるのか……。日本人の底力の源流を筆者は無性に知りたくなった。聖徳太子は十七条の憲法第一条で「和を以て貴しと為す」と謳ったが、それが和の原点なのか。渡来人の知識によってもたらされたものなのか。あるいは、その起源は弥生時代にまで遡るものなのか。

 日本を象徴する「和の精神」は一体どこから来たのか。筆者がたどり着いた答えは一万年以上も続いたといわれる「縄文時代」であった。未開で野蛮な原始社会と考えられていた縄文時代。意識して見つめるようになると、今まで見えなかったものが見えてくる。片っ端から「縄文日本」に関する情報を求め、文献を漁った。土器や土偶をはじめとする遺物や遺跡の数々の素晴らしさはもちろんだが、そこから見えてきたのは、人と人、人と自然・万物が調和して共に生きる世界であり、互いを尊重し支え助け合う人々の姿であった。学説によれば、縄文時代の人々は「全ての人間は平等であり、人間と自然は大切な仲間だ」とする考え方を持っていたのだという。

 アメリカのマーク・ガーゾンは著書『世界で生きる力』の中で、世界で暮らす人々のシティズンシップを5種類のレベルで区分してみせた。
 1.自分という壁を超えられない自己中心主義者
 2.国家には共感しないが、“~人”とか“~主義者”といった、特定のサブグループ(氏族、部族、政党等)のほうには共感を覚える人々
 3.個人やグループとしてのアイデンティティも包含しているが、その枠を超えて社会または国家全体に共感できる人々
 4.ナショナリズムの枠から飛び出す市民、単一の文化だけに属していない人々、言い換えれば、多文化に生きている人々
 5.多文化の世界観を超越して、人類のみならず全ての生命、地球全体を視野に入れて生きる人々

 1と2の間には「自己の壁」が、2と3の間には「集団の壁」が存在し、3と4の間には「国家の壁」が、4と5の間には「生命の壁」が存在する。縄文の人々の生き方に触れてみると、物理的には限定された空間であったとしても、彼らは「自己の壁」「生命の壁」を超えた最上位の世界観の中で生きていたのではないかと思えてくるのだ。


 「縄文日本」を通して見えてくる和の源流。和とは、調和して一つになることであり、決して妥協して同化することではない。自らの主体性を堅持しながら他と協調することなのである。互いを尊重し合い、それぞれの個性や役割が生かされる関係こそ、和がもたらす人間関係であり、社会である。繰り返すが、縄文の人々は人間同士のみならず、人間と自然においても調和を実現し、「全ての生命を視野に入れて生きていた」のである。

 NPO(非営利組織)活動は人間と向き合い、自然と向き合い、社会と向き合う活動である。より良い社会の実現を目的とするのがNPOの存在意義なのだ。それゆえ、おのずと「より良い社会とはどのような社会なのか」を追求せざるを得なくなる。筆者は小さなNPOの主宰者として社会の安寧と世界の平和を願う者の一人だが、NPO活動を実践すればするほど、和の精神の源流に見いだされる「共生」「共助」「共感」の世界こそが私たちの目指す、本来在るべき社会の姿ではないかと思えてならない。

 縄文日本から綿々と受け継がれてきた「和の精神」は、くしくも東日本大震災という最大級の逆境の中で21世紀の世界にその姿を現すこととなった。このことを過ぎゆく時間とともに埋没させてはならない。グローバル時代に世界に発信され、共感を呼んだ日本の底力を再び眠らせてはいけないのだ。

 「3・11」は国難であった。被災地の復興はいまだ道半ばである。被災地の再生・再建は日本の再創造への道である。「温故知新」に対して「温故創新」という言葉があるが、私たちは呼び起こされた和の精神、共生・共助・共感の力であらゆる「壁」を乗り越え、「3・11」を知ることにとどまるのではなく、世界の新しい歴史を創るミッションが日本に与えられた日として記憶しなければならない。


2016.03.09 | このブログの読者になる更新情報をチェックする
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